2026.04.22

介護施設に「入りたくて入る」時代を作る。元現場介護士がttt運営本部長として目指す先


運営本部長の郡です。

「自分の親を、今ある介護施設に預けたいと思うか?」
「自分が要介護になった時、入りたいと思える施設はあるか?」

この問いに、胸を張って「はい」と答えられる人はどれくらいいるでしょうか。

元々は現場の介護士として3年間働いていた自分が、なぜtttの運営本部長として今ここにいるのか。そしてこれから何を目指しているのか。今回はそんな話をしてみようと思います。


大学生の時から「自分の施設を建てたい」と思っていた

大学生の頃から、漠然と「自分の施設を建てたい」と考えていました。

介護の現場が好きだったからこそ、現場にいる若い人たちがもっと活躍できる場所を作りたかった。年功序列で何歳で主任、何歳で課長、そこから異動させられて…というレールが見えてしまう環境ではなく、頑張った人がちゃんと評価される、そんな施設を自分の手で作りたいとずっと思っていました。

現場は好きだった。でも天井が見えた3年間

大学卒業後、社会福祉法人の老健で3年間働きました。

現場はめちゃくちゃ好きでした。高齢者の方と話すのはすごく面白かったし、やりがいも感じていた。でも、大きな組織ほど年功序列があって、キャリアアップの天井が見えてしまう。何歳ぐらいで主任になって、何歳ぐらいで課長になって、そこから飛ばされて…。その道筋が、入社数年で全部見えてしまったんです。

そして何より思ったのは、「若い人がこれから介護に入ってきた時に、同じ思いをするんだろうな」ということ。自分が感じた息苦しさを、次の世代にも味わわせてしまう。それが嫌だった。

自分の施設を建てたいという気持ちはずっとあったけど、建て方なんてわからない。どこかで勉強させてもらいたいなと思っていた時に、思い切って辞めました。

tttとの出会い。2時間の面接で感じた「この人たち本気だ」

退職後、次の行き先が決まっていたわけではありませんでした。

そんな時に見つけたのがtttのオープニング求人。「総合職」という枠があって、なんとなく自分がやりたいことを勉強できるのかなという感覚で応募しました。

面接は2回、1回あたり約2時間。衝撃でした。

副社長の大場さんと話した時、自分が現場で課題に感じていたことを、同じように課題として捉えていて、しかもそれを実際に解決しようと動いている。若い人たちが活躍できる環境を本気で作ろうとしている。現場目線で「もっとこうしてほしい」とリアルに話したら、「確かに」とずっと頷いてくれて、ここまで深く考えている会社があるんだなと。

正直、コテンパンにやられて落ちたと思いました。でも結果は合格。他の会社は一切受けていなかったので、ここで決まらなかったらどうしようもなかったんですけどね。あの面接で感じた「この人たち本気だ」という直感は、間違っていなかったと今では確信しています。


「やりたい」と言ったら「やるばい」で返す文化

当初思い描いた理想を、今まさに主導でやれている

入社前に思い描いていた「俺が施設を建てたらこういう悩みを解決してあげたい」ということを、今、結構主導でやれています。

tttには、「やりたい」と言ったら「やるばい」で返す文化があります。

本郷くんがやりたいことを夢として語ってきた時、自分は「やるばい」と返しました。嘘はついていない。本当にやると思ったから言っただけです。tttにいれば、結果を出してちゃんと社長に「出資してください」と交渉すれば、何かしら実現できそうだなという感覚がある。だったら他社でやる必要はないよね、tttでやったらよくない?って、自然とそう思えるんです。

訪問看護もナーシングホームも、課題を先延ばしにしなかった結果

tttの事業が広がってきた背景には、壮大な計画があったわけではありません。

介護施設を運営する中で、医療ニーズへの対応が限界だった。だから訪問看護を立ち上げた。夜間の対応もキツいから、24時間対応できるように看護師を配置してナーシングホームにした。利用者さんの自由度や夢を叶える活動が足りないと感じたから、夢活動を始めた。

必要な時に、必要な対応を、先延ばしにせずやり続けた。その積み重ねが、今の事業の広がりにつながっています。


tttタウン構想。必要な対応を積み重ねた先に"街"がある

保育園だって「じゃあ一旦やろうぜ」で始まるかもしれない

tttタウン構想という話を社長としたことがあります。

軍艦島のように、そこで仕事をする人たちの家を用意したり、子どもの学校を用意したり、病院を用意したりする。自分の中でこのtttタウン構想はすごく生きています。

でもこれは、最初から「街を作ろう」として始まるものではないと思っています。施設があって、そこで働く人たちの住む場所を準備する。クリニックが開設されたら薬局も必要になる。福祉用具も、うちがいろんな事業をやる上であった方が便利だよねとなる。

例えば、うちの職員さんに小さい子どもがいる人が多くて、通わせる保育園がなくて働けないという声が増えたら、「じゃあ一旦保育園やろうぜ」ってなるかもしれない。出た課題に対して一つひとつ解決していった先が、自然と街みたいになっている。そういうイメージです。

コンテナの家に訪問介護。「家に帰りたい」を叶えるアイデア

一つ、自分の中で温めているアイデアがあります。

利用者さんから「家に帰りたい」という声をよく聞きます。だったら家を準備すればいい。施設ではない、でも自宅での生活も難しい。じゃあ、うちが準備した「家」だったらどうだろうか。

きっかけは、大分旅行のホテルを探していた時にコンテナ型のホテルを見つけたこと。コンテナを並べて、一つひとつがその人のお家になる。そこに訪問介護として入る。部屋と何ら変わらない。ただ屋外を通って部屋の中に行くだけ。コンテナのお家の前に広場みたいなものがあって、訪問じゃない時間は団欒できる、コミュニケーションが取れる場所がある。

それこそ街っぽくなってきますよね。

「家に帰りたい」を叶える方法は、無理に自宅に返すことだけではない。「ここが自分の家だ」と思える場所を、自分たちの手で作ればいい。こういう発想が自然と出てくるのが、tttという環境の面白さだと思っています。


介護ゼロ計画。施設の概念そのものを変える挑戦

自分の親を預けたいと思えるか?自分が入りたいと思えるか?

最近、他社さんも含めていろんな施設を見る機会があります。自社の施設も見ます。そして、自分の親が高齢になってきて将来的なことを考えるようになりました。

正直に言います。今ある介護施設に親を預けたいかと思ったら、あんまり預けたいと思えない。自分だったらなおさらです。

例えば、末期のがんを患っている方が「外のデイサービスに行きたい、気分転換のために」と相談してきた。でも売上の観点から外に行くのはちょっと…と断られるところが多い。今まで人の手を借りずに自分で選択して生活してきたのに、介護が必要になった途端にそれができなくなる。それは嫌じゃないですか。

介護保険法が2000年頃に変わった時、「措置から選択へ」と言われました。措置は「あなたにはこれが必要です、これを使ってください」。選択肢はない。今は契約という形で選べるようになっているはず。でも、本当に選べているかというと、そうでもない。いろんな制約や事業所の都合で縛られている。

自分はこういう性格だし、人に言われて従いたくない。なんで外に行っちゃいけないの?って思う。利用者さんだって同じはずです。「本当の選択」ができる施設。それが自分の目指すところです。

「要介護になったらやっとtttの施設に入れる」と言われる未来

自分が運営本部長として目指す、少し先の未来の話をさせてください。

「要介護認定を受けました。やっとtttが運営する施設に入れる。」

そう思ってもらえる施設を作りたい。「入りたいけど要介護じゃないから無理だな、早く要介護になりたい」くらいの感覚。望まれて選ばれて、入居待ちが当たり前で、応募すらできなくて、抽選に当たってやっと入居の資格を得られる。そんな施設。

老人ホームに入居するということに対する、今のネガティブな空気を変えたい。そのためには「本当に選べる」「自分の意思でいろんなことができる」環境が必要です。自宅に勝るものはないかもしれない。でも、自宅と同じくらい、いやそれ以上に「ここにいたい」と思える場所にすることはできるはず。

素晴らしい介護という概念さえも変える。介護ゼロ計画。

介護されているという感覚すらなくなるくらい、自分らしく暮らせる場所。利用者さんが入居する時に本当に選べて、やりたいことに対して「こういうことができますので、その願いはこういうふうに支援させていただきますね」と、余すことなく実現してあげる。

決して簡単なことではありません。でも、tttには課題を先延ばしにしない文化がある。「やりたい」と言ったら「やるばい」で返す文化がある。一つひとつの課題に向き合い続けた先に、きっとその未来はある。

介護施設に「入りたくて入る」時代を、ここから作っていきます。

運営本部長 郡

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